あんべぇものさ、くるまりてぇ

turoky.exblog.jp
ブログトップ

弘法も筆の誤り

ハレの日にいく、近所の居酒屋がある。

新鮮な魚介と全国から取寄せたこだわりの日本酒が自慢のお店だ。

旬の食材をつかった創作料理も秀逸。
前回行った時に食したのは、あさりと春の野菜のマリネ。

ウドやインゲン豆のマリネに、たっぷりのあさり。
さっぱりとした味に、ピリリとスパイスが効き、ビールがすすんだ。

おしいものを食べて、お酒をのんで、おしゃべりをする。

何百回も繰り返しているこの日常の行為が、わたしはすごく大好きだ。

この日も気分よく、このお店のシメの定番

まかない海鮮丼を頼んだ。

あまじょっぱいタレにつかった刺身の切れ端が、これでもかというくらいご飯にのったどんぶり。

店主が威勢のいい声で運んできた。はじめて食べるわけではないのに、期待が膨らむ。

早速一口いただくと…

とんでもなく違和感を覚えた。

海鮮丼の海鮮はいつものようにパーフェクトな味なのに、
丼の方が丼になりきっていないのだ。

わたしはその違和感の原因を探るために、ごはんだけを箸でつまみ、口にいれてみた。

するとどうだろう、ごはんは一口噛むだけでその形状を変え、ゲル状態に変わった。

 そのごはんはノリだった。昔、小学生の時、図画工作の時間に使った、

手で塗るタイプのノリそのものだった。味は無かった。

「どうしたんだ店主」と。心の中で叫んだが、実際には、お店にそのごはんについて言及はしなかった。

 その行為が正しかったかは、未だに分からない。

他のお客さんのことも考えて、一言いった方がよかったのでは? という思いも残っている。
 
この居酒屋のノリごはん事件を、どう自分で消化したらいいか分からず、言葉にしてみた。
 
書いていたら、「弘法にも筆の誤り」ということわざが頭に浮かんだ。
 
おいしい店がいつもおいしい料理を提供してくれるとは限らない。

おいしいものとの出会いは、あたりまえに手に入るわけではない。

食材に、生産者に、料理人に感謝して、食と向き合おう。



つろこ
 
 
 
[PR]
by turoko | 2013-05-19 12:38 | ゆるエッセイ